すららで切り開く『教育』の可能性

学校

 最近嬉しいニュースが飛び込んできた。
 これはとんでもないニュースなのだがこの手の話題に特に困ったことが無い人にとっては何がそこまですごいことなのかピンとこないかもしれない。だが、世の中にそういう事実があるのだなという視点で是非知っておいてもらいたい。

 結論から言えば、僕たちの住む西宮市の教育委員会が特別支援学級の個別学習の時間の教材にオンライン教材『すらら』の導入を許可したのである。

 僕個人としてはこの『文化』が当たり前になれば多くの子どもたちの『学び』や家族の『安心』そして、教師の『時間』が確保される可能性が高めることから、めちゃくちゃ良い取り組みだと思うので今日はこれについて詳しく紹介していきたい。
 とは言えまだ、保護者の方や先生と9月から進めて行きましょうと話している段階なので具体的な進捗は今後機会があれば書くことにしたい。もし、これを読んでくださっている『子どもの支援に関わるお仕事』をされている方で興味がある方はお問合せ欄より連絡をいただければ個人に関わる内容は伏せてもう少し突っ込んだお話をさせてもらいたいと思う。

個別学習の『質』と『仕組み』が変わる

 きっかけはもう何年も前に聞いた特別支援学級の子を中学校に通わせる1人のお家の方から聞いた意見であった。
 「小学校ではここまで出来ていたということが中学校になって学習の進度がずいぶん後ろ倒しになる。もうとっくに出来ているような内容のプリントを延々渡されるだけで新しい内容は自宅でドリルを使って練習する。それでも高校に行かないといけないからある程度の学力は必要なので受験の為にずいぶん親が教えないといけないんです。」

 僕はこの言葉を教師5年目に聞いたのだが、正直そこまでひどい状況があるとは知らなかった。その後福祉関係の人とたくさん話す機会をいただき逆にこっちの方が多数だという現状も耳にした。「何だかな…」と思ってはいたものの実際に特別支援学級の担任をしてみてよくわかった。完全に手が回らないのだ。

 僕は学年も別々、支援の必要量も全然違う8人の子どもの担任になった。だけれど子どもによっては1日の中で1度顔を合わせられれば良いなというくらいの子もいる。特別支援学級に在籍するものの通常学級でほとんどの時間を過ごす子は休み時間くらいしか顔を合わさない。下手をすると朝の学活の時間に今日も元気に来ているかを覗きに行ったきり姿を見ない子もいる。だけれど突然特別支援学級に戻ってくる。なんてこともザラにあった。「先生、国語に変わったから戻ってきたわ。」こんなことは日常茶飯事だ。前日に予定を聞いてもコロコロ変わるからと朝の会の時に8人全ての予定が初めてわかる。そのタイミングで僕の1日の動き、支援のボランティアの人の動き、加配で入ってくれる先生の動きを全て決める。

 場合によっては職員会議で伝えていたような特別支援学級の行事にだって学級の大切な別の用事を重ねてくることもあった。最初は僕も腹が立っていた。だけれどこれは完全にヒューマンエラーでは無く、システムエラーだ。この状況下で子どもが一番安心できる仕組みをひっくり返さないと僕らが働く意味は無い。

 そしてある時気が付いたことがある。子どもたちの『教科学習』に関わるスキルはどうも教え方よりも繰り返しとアクセントの付け方で成否が分かれるようだということだ。つまり、べったり丁寧では無く、ざっくり印象的に進めてあとは楽しんで繰り返す。これが一番学習の定着が良かったということを見つけたのだ。一方ではさみの使い方や文字の書き方や運動の仕方は環境や教材や関わり方をきちんと変えて丁寧に関わらないとなかなか身に付かないということも学んだ。

 このことから『個別の学習』に関しては進捗と取り組み方に大人がきちんと注視しておけるのであればICT教材は高い効果を上げるのでは無いか?という仮説を僕の中に持つことが出来たのだ。

 すららはネット上のページで学習を進めるので特殊なアプリケーションは必要が無い。去年度から配られたノートパソコンでも取り組むことが出来る。レクチャーはアニメーションで丁寧に見たり聞いたりすることや実際に答えを打ち込むようなアクションも求められるのでただプリントに答えを書いていくよりも双方向の学習になりうる。小学校~中学校の5教科の学習は全ての単元が収録されていることもあり、個人での学びの質は高められる可能性が高いのである。

 上に書いたような学校の体制で進めている特別支援学級の子にとっては放ったらかしになるよりは使える教材は全て使えることが救い手の一つになるかもしれない。

『支援者』の情報共有が変わる

 特別支援学級のお子さんはその子の現在の状況に合わせて教科や学年の進度を変更調整することが出来る。
 これはとっても大切な視点であるべき姿なのだが、実は逆にこれが『言い訳』に使われてしまうこともあるというのが実際なのだ。
 例えば、小学3年生の通常学級に通うお子さんならだいたいこんな学習が始まって、こんな活動をするのだということは本屋にでも行けばすぐわかる。インターネットを使ってもわかるかもしれない。ただ、特別支援学級に在籍するお子さんのほとんどは学年の進度や内容とは少し違うものを進めることが多い。だが、その変更や調整の目標や進み行き、変更調整に至った経緯を十分にお家の方に伝えられていないことが多く、子どもはお家での学習、学校での学習、放課後等デイサービスや療育施設での学習が繋がっていないことがよくあるのだ。生活や学びに配慮が必要なお子さんであるにも関わらず大変『非効率』な状況が生まれてしまうのだ。

 だが、すららを導入すれば支援者が学習に取り組む時間やそれぞれの場所で行っている学習内容や進捗を共有することが出来るようになり、子どもたちの学びやすさに繋げることができる可能性が高いのである。

合理的配慮の視点が広がる

合理的配慮とは,「障害のある子どもが,他の子どもと平等に『教育を受ける権利』を享有・行使することを確保するために,学校の設置者及び学校が必要かつ適当な変更・調整を行うことであり,障害のある子供に対し,そ の状況に応じて,学校教育を受ける場合に個別に必要とされるもの」であり,「学校の設置者及び学校に対して,体制面,財政面において,均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」と定義されている。 

 要するに、過度の負担にならないんなら配慮、調整してね。って話だ。

 一見今回のすららの導入はお金を出した一部の児童生徒だけが甘い汁を吸えるような不平等な取り組みのように言う人もいるが僕はこれは完全に誤解だと思っている。

 なぜなら、一部の児童生徒であれ、個別の学習に掛ける教師の準備時間や指導時間がコンパクトになればどの子にとってもプラスになる可能性があるからだ。眼鏡やイヤーマフ、防寒着に首を冷やすタオルなど本人の生活や学習の質が高まるようにそれぞれの家庭がお金を出していることは実はあまり意識されていないだけで山のようにある。なのでICTの教材だけに形上の平等意識を敷くことはあまりメリットは無いのでは無いかなと思う。

 とにもかくにも一例が出来れば「これはどうなんだろう?もっとこんなことはできないかな?」と意見が溢れてくると思うので合理的配慮に対する意識が広がるという点でとても有意義な一歩なのではないかなと思う。

 もちろんICT教材を渡しておけば子どもが勝手に黙々と学びを深めてくれるようなものではない。この子はすららを渡しておけばそれでOKだなんて僕は思っていない。ただ、今までその子に合った教材かどうかの視点が抜け落ちプリントを延々進めていた学校の子にとってはすららを導入することはすごく大きな一歩になる可能性が高い。僕たち大人があるものを吟味して最大限に効率的に投げ掛けることが大切なのではないかと僕は思っている。

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