バスが止まった朝に「学校の裏側」を少しだけ想像してみてほしい
今日、名塩小学校は阪急バスの運休により休校になりました。
西宮市の中で、児童生徒の多くが公共交通機関を使って通学している学校は、名塩小学校と塩瀬中学校くらいではないでしょうか。
この地域に住んでいないと、「バス通学が前提の学校運営」がどれほど特殊かは、なかなか想像されません。
名塩小学校の「当たり前」は、実は当たり前じゃない
僕は以前、名塩小学校に勤務していました。
名塩小学校には学年の先生がバス停に立ち、子どもたちの乗車や時間を管理する「バス当番」 という仕事がありました。
人数が多いとはいえ、毎日先生が学校を出てバス停まで行く。
職員全員が揃って行う職員会議はいつもそのバス当番が終わってから。
さらに、阪急バスから「乗車マナーについて指導をお願いします」という連絡が入るたびに、バス通学の子どもたちを集めて指導を行う。
これも、先生の仕事の一部です。
正直、当時の僕は「これは本当に学校が担うべきことなのかな?」という違和感を抱えていました。
ただ、子どもが「バス通学かどうか」を選んでいるわけではありません。
地域の事情によるものです。
だから「多少のアンバランスは仕方ない」そう自分に言い聞かせてもいました。
学校が変わると常識も一気に変わる
名塩小学校で7年間働いたあと、僕は北六甲台小学校に異動しました。
そこでもバス通学の子や保護者や地域の乗り合いで登下校する子どもはいました。
でも、学校運営における配慮のレベルは大きく違っていました。
数人であれば、学校は「普通に」始まり、「普通に」終わる。
遅れてきた子どもが失った学習の時間を明確に保障する仕組みは、特にありませんでした。
同じ西宮市の学校でも、こんなにも実態が違う。
でもこの事実を西宮市の教員でも知らない人は多いし、教育委員会や市議会議員の多くも、実情までは把握していませんでした。
そして実際、「バス通学」にまつわるアクシデントは、これまでも何度も起きてきました。
バスが止まると学校はどうなるのか
今日のような日になると、僕は教員時代のある出来事を思い出します。
ある日、バスのダイヤ変更により学校の開始が遅れたことがありました。
名塩小学校では朝7時の時点で何らかのアクシデントが起きた場合、一旦「自宅待機」 となります。
その後、安全が確認できればバス通学の児童が徒歩登校へ切り替わることもあります。
しかし、朝の時点で自宅待機がかかると給食はキャンセル。
その日は午前中授業になります。
結果として──
子どもが全員そろう時間はほとんどなく、大きな人手をかけたにも関わらず、まともな授業時間が確保されない 状況になることも多々ありました。
別の日、同じような状況が想定された際、学校判断で臨時休校にしたことがあります。
すると、「バス通学の児童のせいで休校になったという伝え方はおかしい」という保護者からのクレームが入りました。
誰かの責任を押し付けたわけではありません。
ただ、影響が大きく、休校の方が混乱を招かないと判断しただけでした。
それでも、いろいろな意見が集まる。
それが「学校」という場所です。
休校の連絡は、誰が、いつ、どこで決めているのか
休校の最終判断をするのは各学校の校長先生です。
校長・教頭が相談し、ミマモルメなどのメール配信で連絡するのが一般的です。
ただし、子どもが登校準備を始める時間帯は先生たちの勤務時間外 です。
それでも、多くの管理職の先生たちは大雨や大雪の予報が出ると、早朝から出勤し、情報を集め、判断をしています。
一方で、公共交通機関で通勤している先生自身も同じ影響を受け、学校にたどり着けないこともあります。
少ない人員で、「できるだけ早く連絡を出そう」と動いている。
そこに、次々とかかってくる電話。
「連絡がないんですけど、今日は学校ありますか?」
保護者の気持ちは、よく分かります。
仕事がある。予定がある。
判断が遅れれば困る。
でも、その電話対応が結果的に連絡を遅らせてしまう こともある。
少しトンチのような話ですが、これは現場では本当によくあることです。
マニュアルはある。でも、読まれない
今朝、名塩小学校は6時50分には自宅待機の連絡が出ました。
一方で、塩瀬中学校はしばらく個別の配信がなく、休校連絡が出たのは8時23分でした。
実は、事前にホームページには、対応について丁寧に書かれています。
でも僕は知っています。
マニュアルは、読まない人が一定数いる。
実際、「学校に電話したけど繋がらなかった」という話も耳にしました。
知っていれば、想像できる 想像できれば、優しくなれる
だから僕は昨日、My Placeの一斉連絡で「明日、休校になれば放課後等デイサービスもお休みになる可能性がある」と事前に伝えていました。
今朝は学校の状況を確認し、すぐにお休み決定の連絡を出しました。
それができた理由は、とてもシンプルです。
- 教員時代の経験から、何が起こり得るか想像できたこと
- 公の機関ではなく、24時間いつでも情報発信できる立場だったこと
この2つです。
マニュアルや一斉配信があっても、知らなければ不安になる。
分からなければ、不満になる。
でも、知っていれば、想像ができる。
想像ができれば、誰かを責めずに済むことも増える。
知識は、正しい判断だけでなく、人に優しくなるための材料 でもあるのだと、僕は思っています。
この機会にぜひ、一度マニュアルやルールを確認してみてください。
世の中には、思っている以上に丁寧に情報発信をしている人たちがいます。
「知ること」から、少しだけ優しい社会が始まる。
今日はそんなことを、バスが止まった朝に考えました。

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