『ルール』違反は個人の自由なのか?

学校

 以前にこんな記事を書いた。

『ルール』は得するためにある
 日本という国で暮らし、日々さまざまなことが起こる中、ルールについて改めて大切だなと感じることが多くなっている。 「それはルールなの?」「マナーなの?」「お願いなの?」「命令なの?」と社会全体にも子どもを取り巻く環境にも、誰かの『良かれ』...

 僕は『ルール』を守ることを教えることは『教育』の大切な要素だと思っている。
 こういうことを書くと「あぁまた堅いこと言っているな。」と思われるかもしれないが日本の教育の方向性とも共通する部分も多いにあるので何度でも気になることは発信していきたい。

 最近、教え子の中3のSNSではしきりに話題になっていることがある。
 「修学旅行スマホ持っていきますか問題」である。そこで多くの子どもたちが「写真をいっぱい撮ろうね約束」を取り付けている。そして、うちの施設に通う子どもたちの中でも多いに話題になっている。

 もちろん『ルール』上はOUTだ。それでも高級ホテルに散り散りバラバラに泊まってしまえば教師の監視にも限界があり事実上無法地帯になり得る可能性は高い。
 『ルール』はあれど実行力は薄く、破ったヤツが結果的に得をするといういかにも『学校教育』に発生しがちな現象だなと感じている。子どもたちの携帯所持率と環境から考えて当然先生たちも予想しているだろう状況だと思う。

 僕はこの状況を見聞きして心底悲しいなと思っている。
 この『他者意識の無いやり取り』が横行する環境に子どもたちがいることが本当に悲しいことだと感じる。
 詳しく書こう。
 別に僕は『一生の思い出(はっきり言ってそういうワケでもないが人生で一回しかないと言えばそういう風に感じるような子もいるだろう)』をいつも見れる形でスマホに撮っておきたいという気持ちはわからなくもない。(個人的にはそんなものは数ヶ月で見返すことも無くなるものだからそのマインドで意識が止まるのもどうかと思うがひとまず置いておこう。)
 だけれど、それが『ルール』を破る行為になった途端話は別だ。別に写真を撮るなんて興味が無いという子が仮にこの『ルール違反』を目撃したとしよう。自分は興味の無いことだけれど『ルール違反』だ。黙っていても『ルール違反を隠した』という罪の意識を勝手に植え付けられ、仮にそれを教師に言ったとしたらせっかくの盛り上がりを崩したヤツという嫌な人間関係を作らなければならない。ましてや誰かのルール違反が教師に見つかれば大抵は関係の無いヤツまで連帯責任で注意の場を設けられたりすることまである。

 つまり、自分の『ルール違反』が単なる自分の中で完結する出来事として終わってしまうように感じているが実はそうではないと全く気が付いていないことはとても悲しく感じる。

 僕は『学校』にまつわるこの手の出来事が大嫌いだ。
 こういうことを曖昧にするから『コミュニティ』は成熟していかないのではないだろうか?
・そもそもスマホに写真を撮るという行為が楽しみになるようなチープなイベントであって良いのか
・どっちの立場になっても子どもの成長に+は大きいのか
・正しい方法でルールの変更が起こるような行動を取っているのだろうか
・みんなが安心して楽しめるようなイベントにならない可能性に大人は本当に黙っているのか

 世の中には納得いかないことがたくさんある。
 だからこそ『思考の柔軟性』や『気持ちの切り替え』は大切なスキルである。だけれど、動こうともしないで諦めてこっそりルールを破った人や一部の光を浴びている人が得をするような環境をそのままにして『子どもの成長』を見守るのはおススメしない。『教育者』と『保護者』がきちんと意見を交換することが大切だと思う。

 学校のルールが柔軟にならない理由は明確だ。変えて欲しい、見直して欲しいという声が届ききっていないからだ。声を上げる人の数が少なく多くの人が微妙にルールを誤魔化しながら進めて行く文化こそが変わらない原因だと思う。
 社会の小さな個の集まりが大切なのだということをきちんと教えたいからこそ、来年度から高等学校では主権者教育も睨んでいるのであろう。

 ルールは本当に大切なのだ。

コメント

  1. うえのう より:

    昨日の一斉ラインを拝見してから気になっていた話題でした。

    「ルール」がどういったものなのか、子どもたちの中で理解できていない。そもそも、どんな理由でそのルールがあるかなんて、考えたことがないのかな?という気がします。

    小学校に入るとすでに「ルール」が存在して、守ることが当たり前としてある。どんな理由でその「ルール」が存在するのか、みんなが気持ち良く過ごすために決められたことであるという説明も認識も話し合いもない。だから「なんだか理由はよくわからないけど、守らないと先生に怒られる」というネガティブな印象になる。

    「ルール」の意味や内容を子どもたちが考え、話し合い、納得できる内容にブラッシュアップさせる。自分たちで考えたルールをみんなが守り、守らない人をお互い注意する。そんなことが学校や教育の中でできたらいいですね(^^)理想なんでしょうけれど・・・

    スマホの問題はまた別にあると思います。
    大人も扱いきれていない人が多いのに、子どもに簡単に渡すものではない、と個人的には思っています。

    • 家庭学習応援施設My Place myplace6691144 より:

      コメントありがとうございます。
      『ルール』はある面では先人の知恵である一方で、時代や環境の変化で変わるものもありますよね。
      4月に決めたから、何年か前に決めたからという理由で、曖昧になると良くないです。
      だからこそ、ルールにしてしまうのか、マナーに留めてコミュニティ全体で考える材料にするのかは重要で、それを良しとすることの出来ない忙しさも問題だと思います。
      スマホは、電話では無く『コンピューター』なので慎重な約束のやり取りは必須ですよね。

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