SNS時代に問われる想像力と読解力

子育て・親

SNSは、人生を広げてもくれる

僕らは、当たり前みたいにSNSを使う時代を生きていますよね。

正直に言うと、僕自身はSNSにめちゃくちゃ助けられてきた側の人間です。

Xを通して、教育の話を本気でできる仲間が増えたし、Reggaeと教育を掛け合わせた授業づくりも、InstagramのDMから始まりました。

昔の友だちの投稿を見て、「あ、あいつも頑張ってるんやな」って、ちょっと元気をもらうこともあります。

だから、SNSそのものが悪いなんて全く思っていません。

ただ、使えば使うほど「これ、ちょっと危ういな…」と感じる場面も増えてきました。

今日はその話です。


誹謗中傷がなくならない理由

SNSが原因で、心を病んだり、命を断ってしまったりする人が後を絶たない。

これは本当に重たい現実です。

教育に関わってきた人間として、「まぁ仕方ないよね」で済ませていい話じゃないと思っています。

ここで大事になってくるのが、想像力です。


フォロワー数が感覚を狂わせる

SNSを見ていると、フォロワーが何万人、何十万人という人が普通にいますよね。

それを毎日見ていると、フォロワー1万人って「そんなに多くないんじゃない?」って感覚になりがちです。

でも冷静に考えてみてください。

1万人が同時にその言葉を見るって、めちゃくちゃ特殊な状況です。

自分にとっては「ちょっとした一言」でも、それが何千、何万と積み重なったらどうなるか。

その想像をしないまま言葉を投げられてしまうのが、SNSの怖さだと思います。


「目立ちたい」は悪くない。でも…

以前、こんなことを話してくれた子がいました。

「好きなアイドルの配信で、コメントを何回もコピペして流してる。読まれるかもしれないから。」

確かに、生配信のコメント欄ではよく見る光景です。

気づいてほしい、覚えてほしい、その気持ちはわかります。

でも、ちょっと立ち止まって考えてみてほしい。

その行動を、「自分の好きなアイドルは本当に喜ぶかな?」って。

何の対価も払わず、場の空気も考えず、「自分が目立てばいい」で取った行動を、応援している相手が肯定してくれるとは、僕はあまり思えません。

それなら、お小遣いを貯めてスーパーチャットを送るとか、別の形でちゃんと想いを届ける努力をする方が、自分自身も気持ちよく応援できるんじゃないかなと思います。


意見には「マナー」が必要

意見を言う自由がある時代だからこそ、意見を言うときのマナーは、現実世界以上に大切だと思います。

僕は教師時代、正直「職員会議」があまり好きじゃありませんでした。

なぜかというと、しっかり調べて根拠を示して社会の動きまで踏まえて話す人の意見と感覚だけで話す人の意見が、同じ重さで扱われてしまう場面が多かったからです。

後者の人は悪気は無いし、自分の意見をただ言っているだけなんだろうけれど、前者の人の時間や想いの総量とは比較にならないなと思っていたのです。

想像力って、経験や知識を積み重ねて初めて育つものだと思っています。


もう一つ大事なのが「読解力」

SNS時代に、もう1つ欠かせない力が読解力です。

アーティストや有名人との距離が近くなった分、「チケット余ってますか?」「未成年でも入れますか?」といった質問が、本人に直接届いている場面をよく見かけます。

でも冷静に考えると、何千人規模のイベントの詳細を、アーティスト本人が全部把握しているわけないですよね。

しかも、その答えって、だいたい告知のチラシや概要欄に書いてある

読んでいないのか、もしかすると「読めていない」のか。

そこは正直、少し心配になります。


「学力は役に立たない」は本当か?

「学力なんて社会じゃ役に立たない」

そんな言葉を聞くこともあります。

でも僕は、そこに両手を挙げて賛成はできません。

読み書き、計算の基礎に加えて、

・予想する

・想像する

・試す

・考える

・議論する

これ全部、これからの社会を生きるための生きる力だと思っています。


勉強を「生活」と切り離さない

一番よくないのは、学校の勉強を「勉強」としてだけ放ったらかして、生活と切り離してしまうこと。

SNSも、日常も、教育も、全部つながっています。

だからこそ僕は、これからも普段の生活の中から「教育」を見つけて、こうして発信を続けていこうと思っています。

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