とにかく『動く』ことに意味がある

教育

 僕は、高校生になる直前に携帯電話を買ってもらった。
 確かJ-PHONEのSH-04携帯電話にカメラ機能が初めて付いた機種として発売されたものだった。
 当時はまだ、携帯のインターネット機能は使えば使うほど料金が加算され、メール1通だってお金が掛かっていた。自宅のパソコンのインターネットもずいぶんゆっくりで起動してから使えるまでに紅茶を一杯用意したって間に合うほどだった。
 そこからの発展は、もはや「そう言えばそんなんあったよね。」の連続だ。
 さて、今日はそんなインターネットの発展した現代のお話を少し。

1.将来の『夢』を語らせてくれない速度に!

 インターネットが僕らの生活を便利にしてくれたことはもう誰にとっても当たり前のことかもしれない。
 それと並行してAIの進化も目まぐるしい。すると最近では「将来、AIが進化していけば仕事を奪われちゃう人が出てしまうかもしれないよ…」と子どもに対する脅し文句のような言葉が頻繁に飛び交っている。
 ただ、機械化や文化の変化によって『仕事』の様相が変わるなんて今に始まったことでは無い。現に、機械化されたことによって駅員の『検札』の仕事は奪われたし、洗濯機の出現により、『洗濯板』の需要はきっと減っている。
 別に「仕事が奪われる!!!キャー!!」とヒステリックになることを助長しているわけでは無い。この変化は僕たちの『選択肢』を決して奪い取ってはいかないからだ。存在する仕事が減る分、今まで簡単には実現しなかったようなことを簡単に実現させることが出来る時代になっているのだ。

 つまり、僕らが学生時代よりも遥かに『言い訳』がしにくい環境になってきている。
 「お金が無いからできないんだよね…」
 「子どもだから勉強する場所がなくて…」
 「チャンスさえあったらやっているのに…」

 僕らが子どもの頃していた、「今は出来ないけど大人になったら…」なんて言うくらいならインターネットを使って自分が『動く』ことが正義になりつつある。『将来の夢』だと語ってのんびり過ごす余裕は今の社会にはもうない。

2.独学が出来る時代に

 インターネットによって動けばいくらでも『独学』が可能になった。〇〇教室や〇〇専門学校に大金を払って行くくらいならそのお金を自己投資するという人が増えているし、社会で活躍するプロフェッショナルが『独学』でスキルを付けていることが増えてきている。
 要するに成功している人の多くが、誰かにやらされて成功しているのではなく、自分で『動いた』人たちだと言える。やらずに恵まれていないと嘆いていることが実はとんでも無く『信用』を失う行為に繋がってしまう時代になっているのである。

 だが、多くの小中高生にはいい加減向き合わないといけない時が来ていると思う。コロナによって『学ぶ環境』は失っていなかったにも関わらず自分の『学び』が止まってしまったことに。学校に行けないは『学び』が停止する言い訳にはならない。『教科書』は無償で手元にあるし、多くの子どもがインターネットにアクセスできるのだ。親も気が付かなくてはいけない。学校に行っていれば安心の時代はもう完全に終わっていることに。

 もし、これを読んでいる人の中に学生の方がいるなら本当に悪いことは言わない。
 別に学校の授業や教え方がつまらないなら自分の好きなことで構わないので、とにかく『動く』ことを忘れないで欲しい。自分の周りは似た環境かもしれないが、それは自分から『現実』に目を向けていないだけなのだ。誰かが見ていなければサボり放題だよね。なんて気持ちでいられる呑気な世界だけを見て過ごしたいならそれでもいい。オンライン授業のサボり方を嬉しそうに発信するくらいならそんな学びの場から離れる方がよほど人生に生きる時間が作れるはずだ。
 でも、将来、自分の『自由』を大切にしながら過ごしたいなら悪いことは言わないので『動く』ことしかない。言い訳ばかりの人を叱咤することに時間を使ってくれる先輩文化はいずれ消えて相手にもされなくなるだろう。少なくとも僕は子どもであっても自分の『今』に向き合わない子に割く時間は1秒もない。AIが代わりにたくさんの仕事を引き受けてくれる今後、イヤイヤ文句言いながら働くヤツをかき集めるような大企業にもう未来は無いことは、社会の大人はみんな気が付いているのだから。

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