質問できない子どもたち

遊び・発達

うちの施設に通う子どもたちの様子を眺めていると、いくつか共通した「つまずき」が見えてくる。

この場所は、学校というステージではなかなか解決しづらかった部分にアプローチするためにつくった施設なので、課題の多くは当時と地続きでもある。

その中でも特に大きいのが、

ひとつは 「自分で選んで学習すること」

もうひとつが 「わからないことを質問すること」 だ。

「わからないことを聞くなんて、簡単じゃない?」

そう思われるかもしれない。

けれど、実はこれが驚くほど難しい。

この感覚は、僕が社会人になった頃、先輩たちがよく口にしていた悩みとも重なっている。


教師として現場に立ち、圧倒的に学ばせてもらった先輩が、ある日ぽつりとこぼしたことがある。

「最近の若い先生は、わかってなくても聞かずに済ませることが多い。

別に慕ってほしいわけじゃないけど、わからんかったら普通聞くやろ…」

その先生とは親子ほど年が離れている。

でも、僕とはわりと気軽に話せる関係だった。

だからこそ、「最近の若い先生」に自分が含まれていないと気づいて、正直少しショックだった。

もっとも、その話はここでは横に置いておく。

少なくとも僕は、「わからない」が生まれたら必ず質問していた。

今思えば、それは質問というより「相談」だったのかもしれない。


では、なぜ若い先生たちは質問しなくなったのか。

正確な理由は分からないし、本人たちも自覚していないかもしれない。

ただ、僕はこう考えている。

「わかっていないことに、気づいていない」

これが一番近いのではないかと。

何が質問すべきことで、何を自分で考えるべきなのか。

その線引き自体が分からなくなっている状態。

そんな状況が起きている可能性を、強く感じている。

この気づきは、そのまま子どもたちの学習支援にもつながっていった。


子どもたちをサポートする中で、僕が特に意識するようになったことがある。

・質問することには「慣れ」が必要だということ

・「わからない状態」に気づける仕掛けが必要だということ

・質問できるようになるまで、とにかく待つこと

大人が先回りして全部与えてしまうと、子どもは「問い」を持たなくなる。

問いを持たず、考えず、質問もしない。

その状態では、学びは起きにくい。

「問いを持つ → 考える → 質問する」

この循環を、自分の力で回し始めたとき、子どもは一気に学び始める。


親として子どもを見ていると、どうしても「効率のいいやり方」を教えたくなる。

でも、その親切の積み重ねが、知らないうちに子どもを学びの世界から遠ざけている可能性もある。

遠回りに見える時間こそが、

「自分で学ぶ力」「人に頼る力」を育てているのだ。

子どもが質問できないとき、

それは怠けているわけでも、考えていないわけでもない。

ただ、「どう聞けばいいか」を、まだ知らないだけなのかもしれない。

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