僕は、子ども理解を深めるために、教師時代以上に教師を辞めてから勉強会や研修に参加している。
その中でも特に大きかったのが、「学びの発達アテンダント」の認定講師を取得したことだ。
資格自体は民間のものだが、中身はかなり濃く、正直めちゃくちゃ勉強になった。
今後は、この学びを誰かの役に立てる形で使っていきたいと思っている。
その過程で、ずっと頭の片隅にあった考えが、はっきり言葉になった。
「意欲って、本当に大切だ」ということだ。
「学習性無力感」という言葉を聞いたことがあるだろうか。
簡単に言えば、長い間「どうせやっても無駄だ」と感じる状況に置かれると、人は努力そのものをやめてしまう、という現象だ。
有名な実験では、逃げ道のない苦痛を何度も経験した動物が、あとから逃げられる環境に戻されても、もう逃げようとしなくなる。
勘のいい人なら気づくだろう。
これと同じことが、「勉強が苦手な子」や「失敗が続いてきた子」に起きていないだろうか、と。
今、僕は多くの小中学生の学習支援をしている。
一人ひとり状況は違うが、気になる共通点がある。
課題に取り組んでも評価されず、「できて当たり前」で片づけられる。
広すぎるテスト範囲に、毎回同じような曖昧なアドバイス。
やり方も分からないまま努力して、結果は散々。
それを「ちゃんとやってないからだ」と言われる。
この状況で、次こそ頑張ろうと思える子が、どれほどいるだろう。
大人はよく言う。
「私だって教えてもらってない」「自分で何とかしてきた」と。
その結果、具体的な支援はせず、結果だけを評価する。
でも本当に大切なのは、子どもの中に学びたいという意欲が芽生える瞬間をつくることではないかと思う。
僕自身、教師として毎日のように知らないことに出会ってきた。
月の動きも、合同な三角形の証明も、少しずつ理解してきた。
今だって、分からなければ調べるだけだ。
能力は高くない。でも、意欲だけはある。
子どもの学びに関わる仕事は、正直根気がいる。
「教えた」という事実を作るだけでは足りない。
「わかった」「できた」という実感を、どう積み重ねるかがすべてだ。
教育が本当に大切でないなら、義務教育に税金を使う意味なんてないはずだ。
だからこそ、子どもたちの環境をどう整えるか。
僕たち大人に、まだできることはたくさんある。
最近、そんなことを強く感じている。


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